★イベントレポート「東京大衆歌謡楽団」2019年9月7日(土)開催

当ホールの情報発信ボランティアによるレポートです。イベントの雰囲気や感想を発信する活動をしています。

 

 驚きました。客席の70代、80代と思しき方々のエネルギー。昭和初期の流行歌を演奏する4兄弟、“東京大衆歌謡楽団”の唄(髙島孝太郎)と伴奏(アコーディオン 髙島雄次郎/ウッドベース 髙島龍三郎/バンジョー 髙島圭四郎<第2部より登場>)が始まるやいなや、観客の心はすっかり若き日にタイムスリップ。
 歌唱担当の髙島孝太郎氏は、当時の歌手と同じく、礼儀正しく一礼し、直立不動で歌ったあと、また一礼して終わる。一曲毎に盛大な拍手。気がつくと、会場揃って曲の合間に絶妙なタイミングで手拍子を入れている。
 
《サーカスの唄》《上海の花売娘》《長崎の鐘》《上海帰りのリル》《赤いランプの終列車》《東京ラプソディ》《丘を越えて》...アンコールも含めると30曲近い歌が次から次へと繰り出された。皆さん、どの歌にも心震えたかもしれない。古賀政男、服部良一(作曲)、西條八十(作詞)他。そして藤山一郎、岡晴夫、霧島昇、二葉あき子、渡辺はま子等の歌声を思い出し、懐かしさが胸にこみ上げた方もいただろう。
 
《東京の花売娘》の溢れんばかりの明るさ、《蘇州夜曲》の洒落た感じ、《誰か故郷を想わざる》の切実さ、《憧れのハワイ航路》のわくわくするような曲調。当時の流行歌は、曲の特徴をとらえたわかりやすいメロディと純朴な歌詞に彩られている。恋愛などは、とても初々しく綴られていて微笑ましい。
 
《二人は若い》、《青い山脈》、《椰子の実》はプログラムに書かれてあった歌詞を見ながら、観客も一緒に歌った。歌詞を見なくても歌えた方が多かったのでは?
 
あっという間の時間だった。アンコールが告げられると客席から残念そうな声が漏れた。ステージに向かって声をかける人、アンコール曲のリクエストをする人...。アンコールラストは《お富さん》。ややのんびりしたテンポの楽天的な明るいメロディに合わせて、手拍子が響き渡る。会場内は熱気に包まれ、そのパワーに圧倒された。
 
戦中、戦後のつらい時代を生き抜いた方たちである。今回、昭和10~30年頃の曲が多かったが、とくに昭和20年代、軍歌に代わってラジオから流れてくる歌を、皆、どんな気持ちで聞いていたのだろう。作詞、作曲をした方たち、歌った方たちは歌で何を伝えたかったのか。明るい曲も多かった。苦しい中でも希望をもって、前を向いていたにちがいない。

ボランティアライター 青栁有美

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 みなさん、東京大衆歌謡楽団という音楽グループを知っていますか? 
 今回、東京大衆歌謡楽団のコンサートのレポートを受け持つことになったのですが正直困っています。
 
当日は、お客さんが最初から最後までノリノリ。おまけに、逗子文化プラザホールでは珍しく男性(しかも杖をついた世代)も多く来ていた程。そんなコンサート最近なかったでしょう?両方書きたいので字数が足りず困っているんです(笑)。知らない人もいるかと思うので、簡単に楽団の紹介をします。東京大衆歌謡楽団は富山県出身の髙島四兄弟による音楽グループ。浅草や上野での路上ライブで沢山の支持者を獲得してきたとプロフィールに書かれています。
 
肝心のコンサート内容ですが、2部構成。1部は(バンジョーの圭四郎さんを除く)唄の孝太郎さん、ウッドベースの龍三郎さん、アコーディオンの雄次郎さんのトリオ編成でテンポよく聞かせてくれます。彼等のメインレパートリーである昭和のはじめの流行歌はどれも長くないのでメリハリがあります。曲自体も楽しいので一番の演奏が終わると拍手、二番が終わって拍手というようにわくわく感も途切れません。奏でる音はとってもシンプルで、特にアコーディオンを生で聞かせられるとうるうる感が増してきます。聞いたことのない曲であっても懐かしくて懐かしくて、と思っていたら「発声練習しておいて」と宿題を貰って1部が終了しました。
 
2部は圭四郎さん、そしてサポートプレーヤーとして横浜の佐藤さん(!)が加わり、音に深みと厚みが増しました。はじめに「二人は若い」「青い山脈」「椰子の実」の3曲を客席とジョイントしました。誰もが知っている曲なので客席みんなで「あなた なんだい」の歌詞も羞恥心なく歌い切った程です。
 
歌詞カードにかかれていた「さみしい夢よ さようなら」のフレーズには個人的にも感じるものがありました。いい歌詞だなと感傷にひたっていたら、「ばたやん(田端義夫さん)」「蘇州夜曲」「あゝ、上野駅」「憧れの住む町」とぶっとびまくりで「憧れのハワイ航路」「青春のパラダイス」で2部を締めくくりました。アンコールは「丘を越えて」からはじまり「お富さん」で終わりましたが、観るだけ聴くだけじゃない一緒に創れるコンサートは本当に楽しかったですよ。次も行きましょう。

ボランティアライター 河島三二

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 残暑酷しい9月最初の週末、なぎさホールに足を運ぶ。
 東京大衆歌謡楽団による逗子で初めてのコンサートだ。観客席は8割方が埋まっている。
 富山県出身、髙島兄弟4人組の楽団で、上野や浅草の下町で活躍して10年ほどになるという。
 
昭和初期の大衆流行歌の演奏を中心に活動しているので、ファンはその年代もしくはその年代と時代の気分を共有している人たちだ。観客の平均年齢は高い。自分より若い人は数えるほどしかいない。冒頭に、次男雄次郎が『お若い方がいっぱいいらっしゃいますねー』と観客席に向かってのご挨拶。大爆笑!
 
目を瞑って聞いていると自然に往年の名歌手の懐かしい歌声と姿が目に浮かぶ。
 
青い山脈、長崎の鐘、次々と繰り出される昭和の名曲。藤山一郎、岡晴夫、田端義夫、霧島昇…といった昭和の名歌手たち。
 髪型、服装ともにレトロな昭和初期の風情だが、当人たちはまだ20~30代なのに、上手く変身できるものだ。長男孝太郎の唄。見てくればかりではなく、曲への感情移入がその時代の気分をよく醸し出している。どうして昭和20年代の名歌手の声色が出せるのだろう。
 
藤山一郎の長崎の鐘。味があるなあ。この時代の曲にはアコーディオンの哀愁ある音色は絶対に欠かせまい。そう言えば、小学校の音楽の授業で先生がアコーディオンで歌の伴奏をしていたのを思い出す。今は滅多に聴く機会がないし、見ることさえ滅多にない楽器だ。
 
バンジョーとベースも名脇役だ。憧れのハワイ航路。岡晴夫か。顔が思い浮かばない!知らない曲もたくさんあるが、そんなことはどうでもよい。その時代の気分が十分に伝わってくるのだから。休憩後の初めは、観客も入って大合唱で3曲。二人は若い、青い山脈、椰子の実。皆、声が良く出ている。好きこそものの上手なれというものだ。椰子の実は、異郷の戦地から日本の故郷を想う軍人の気持ちを歌っている。戦争の影を見る。
 
途中、楽団のファンでいつも浅草神社に足繫く通っている佐藤さんが港南区から駆け付け、ギターを持って飛び入りの応援。演奏に一層の味を重ねる。佐藤さんから見れば、楽団の4人は孫の世代。世代は違えど心に染み入るものは同じ。これが音楽の力ということか。
 
これを機に、楽団には是非来年以降も逗子でコンサートを開いてもらいたい。そう思った観客は多いはずだ。それは、なぎさホールを出て帰路につく人たちの顔に書いてあった。

ボランティアライター 福岡伸行