★イベントレポート「能狂言公演」2017年2月26日(日)開催

レポート_能狂言公演レポート_能狂言公演②

 

 

 

 

 

 

 

 

当ホールの情報発信ボランティアによるレポートです。イベントの雰囲気や感想を発信する活動をしています。

 

“楽しむための努力が大切”。そう考えて、まずは能と狂言について予習してから会場に向かった。能は約600年の歴史を持つ、舞踏・劇・音楽・詩などの要素が交じりあった舞台芸術。狂言は能とほぼ同じ頃に発生した、能とセットで演じられることの多い演劇。見るものを幻想的な世界に引き込む能に対し、狂言は笑いで観客をリラックスさせる。“600年の伝統を自分は理解できるのか?”期待と不安を胸に会場に到着。和服で着飾ったご婦人たちをはじめ、年配の方々が多い中、お子さん連れのご家族も見られる満員の熱気の中、いよいよ開演。仕舞(面・装束をつけず、紋服・袴のまま能の一部を舞う略式上演)『花筐』に凝縮された能の世界を感じ、野村万作さんが主役(シテ)を演じる狂言『貰聟』に笑った後、いよいよメイン演目の能『安達原』。鬼女と化し鉄杖をふりあげた女に法力で立ち向かう山伏。そこにはハリウッド映画のような大規模な舞台装置や効果音、特殊技術はない。だが不気味な鬼の能面と場面を盛り上げる囃子、そして舞台せましと繰り広げられる舞で表現された死闘は、日本の伝統芸能ならではの美しさと気迫を存分に感じさせてくれた。能狂言は、若者たちにも是非みて欲しい。そして日本の600年の伝統を肌で感じ、誇りに思って欲しい。必ず楽しめると私は断言する。

情報発信ボランティア 浅野修弘

 

 

野村万作・萬斎親子の出演ということで、ホールは開演前から大賑わい。一番目は仕舞『花筐(はながたみ)』。演奏なし、地謡の謡だけのシンプルな舞台で、静かな舞が能の世界へ誘う導入となった。二番目は狂言『貰聟(もらいむこ)』。夫婦喧嘩で実家に帰ってきた娘をかばい、探しに来た婿を追い返そうとする舅(万作氏)だったが、「子どもが母親を呼んでいる!」の声を聞いて、娘はたまらず姿を現す。意地になった舅は抵抗するも、娘と婿に倒されて逃げられてしまうというドタバタなオチ。85歳とは思えない万作氏の軽快な動きに魅せられた。三番目は、メインの能『安達原(あだちがはら)』。修行中の山伏の一行が、一夜の宿として泊めてもらった家の主は、実は人を喰う鬼婆だったという話。前半は、鬼になる前の老女が糸を繰りながらこの世のはかなさをしみじみ語るという、寒々しくも不気味な時間が流れる。中盤、絶対に入ってはいけないと言われた老女の寝室を、同行している能力(萬斎氏)が好奇心で覗くと、そこには人間の死体の山が…。狂言師の萬斎氏は、死体を見つけてびっくりしてころげるなど、急に明るく滑稽な場面となる。話の陰惨さがより際立つという効果だ。クライマックスの鬼婆の登場は、般若面の迫力と激しい怒りの舞に圧倒され、山伏の祈りに負けて鬼婆が退散するまで、息もつかせぬ展開となった。

情報発信ボランティア 三浦俊哉

 

 

会場は満席である。能楽師の柴田稔氏の挨拶から始まり最初の演目は仕舞『花筐』で観世銕之丞氏の舞台である。会場は張り詰めた空気の中、演者の舞台に集中する。終わるとすぐに狂言の演目が始まった。演者の言葉や内容がよく分からない部分があったが、気迫に満ちた演目である。15分の休憩を挟み柴田稔氏の能『安達原』の演目が始まる。太鼓と相づちの声が響き渡るなか、演者の所作動作がきめ細かい。時折笑う場面があったが僕にはよく理解できなかった。場面後半は能面・衣装が変わり迫力のある動きとなって見応えがあった。(公演を見終わって能楽について勉強不足があったように感じた。

情報発信ボランティア 佐々木一弘